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2026年1月25日第四主日礼拝「神に用いられる人」ヨハネの福音書14章15〜17節 千葉明徳先生

  • 執筆者の写真: BANGKOK TBEC
    BANGKOK TBEC
  • 1月25日
  • 読了時間: 2分

2026年1月25日 第四主日礼拝


兄弟たちが一つになってともに住む見よ、なんという幸せ、なんという楽しさだろう。詩篇133篇1節


私はこの御言葉を体験したことがあります。学生時代に松原湖のクリスチャンキャンプの実行委員でした。その準備のために、6-7人の実行委員たちで一泊合宿をしたときのことです。合宿期間中はあまりに楽しく、それだけではなく魂の充足感を覚えたのです。クリスチャンの兄弟姉妹が神の家族であるとはこういうことなのだ。作者のダビデも「なんという幸せ、何という楽しさだろう」と言葉に言い表せないもどかしさが伝わってくるではありませんか。新改訳2017では「ともに住む」が「共に生きる」に代わっています。英語では「dwell」とあるので、「住む」を残してほしかったですが。みなさんもクリスチャンキャンプで同様な経験をしたことがあるのではないでしょうか。実は神様の私達に対する究極的な目的は「神と人が共に住む」ことです。このことは天国で実現しますが地上においてもその一部分を体験することができるのでしょう。ダビデは何よりもこの事を願った人でした。そのことは詩篇27篇4節の告白に現れています。「一つのことを私は主に願った。それを私は求めている。私の命の日の限り、主の家に住むことを、主の麗しさに目を注ぎ、その宮で思いを巡らすために」。神とともに兄弟姉妹がそこにいる、神、私、兄弟姉妹というその三位一体性の関係が神の国の本質であり、それが「神の宮に住む」という言葉に凝縮されています。この言葉にならない「思い」を大切にしたいと思うのです。



2026年1月25日 第三主日礼拝


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