2026年1月18日第三主日礼拝「エジプトの神々にまさる主」出エジプト記7章8節〜8章15節 新納真司先生
- BANGKOK TBEC
- 1月18日
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2026年1月18日 第三主日礼拝
明治天皇と昭和天皇と私―― 小林隆利(たかとし)牧師(続き)
内村鑑三は明治天皇に対する不敬罪(対、教育勅語)に問われた。東大・駒場の教養学部(昔の一高)の教員のとき、明治天皇の御名(おそらく直筆ではなくその複写)に対して最敬礼しなかった。すると、他の教授たちから非難を浴び、大学に居られなくなった。内村鑑三は名古屋や熊本に行っても、非難中傷されたが、一度も妬んだり、恨んだり、そしった事はない。内村は、「迫害する者をのろわず、祝福しなさい」ということを全うした。後に明治天皇は、内村鑑三を誉め、あれが本物だと評価され、再び招かれて明治天皇に講義をし始めている。内村鑑三のそのクリスチャンとしての姿勢が、天皇家のみならず、宮内庁の職員など、いろいろなところに波及し、非常に深い影響を与えたのだった。
一方、昭和天皇は、宮中に定期的に牧師を招き、侍従長を始め周囲をクリスチャンで固めていた。また、平成天皇のためにクリスチャンの家庭教師(女性)を招き、音楽の教育にカリスマ派のクリスチャンを招いていた。平成天皇は皇太子時代、牧師から聖書講義を受けていたという。
昭和天皇は太平洋戦争の開戦に猛反対であったが、軍部が昭和天皇を抑え込んで無理やり開戦のための判を押させた。そのときから、昭和天皇は戦争責任をはっきり自覚されたという。終戦の頃、日本も原爆の研究をしていた。昭和天皇は、原爆開発の総指揮官、杉山元帥を呼び出し、開発をやめるよう言ったが、杉山は帰ってからまた開発を続けた。すると昭和天皇は烈火のごとく怒って「原爆中止、やめなさーい」とどなり、原爆をやめさせた。
昭和天皇は、ご自分を処刑する立場にあったマッカーサー元帥に向かって、「国民のためにどうなってもよい」と言われたと一般には思われている。しかし、本当に言われた言葉は、「私は罪だ、私を処刑しなさい」だった。普通、戦争に負けた国の王様は逃げるか、殺されるか、自殺するかである。更に、昭和天皇は、「『罪』という言葉はどこからきたのですか」と言われた。その一言で、昭和天皇がどんなに深く聖書を学んでいるか分かる。本当の意味での〝罪〟の意識は、聖書による以外にはないのだ。それを聞いて、マッカーサーは大変驚き、最高の心をもってこの方に仕えようと変わったのだ。マッカーサー自身もクリスチャンで、軍服のポケットにいつも聖書を持っていた。マッカーサーは自分が防波堤となって、昭和天皇を助けることにしたのだった。後になって昭和天皇は、何度も何度も、マッカーサーでよかった、とおっしゃっていた。
小林牧師はこう言う。「日本の国で、皇室のつながりを持っている私が牧師である、母が明治天皇の命令で、小さい時からずっと教会に連れて行ってくれた、今になってそれが大きな神様の恵みとなって来ている。重荷を全部負って、国民の罪も、兵隊の罪も、軍部の罪も負って、私は罪だ、私を処刑しなさい、と言うほどに、イエス様のようなご人格をもった天皇陛下が日本にはいる。ハレルヤ。皆さん、日本のために、天皇家のためにも、祈っていただきたいと思います」と。(終わり)
本文はHAZAH(ハーザー)二〇〇一年二月号(マルコーシュ・パブリケーション)掲載
2026年1月18日 第三主日礼拝
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●賛美
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・「主に罪を赦され」
・「安けさは川のごとく」
●献金・感謝の祈り
●聖書朗読 出エジプト記7章8節〜8章15節
●メッセージ 『エジプトの神々にまさる主』新納真司先生
●応答賛美「愛を伝えるために」
●頌栄「讃美歌541 ちちみこみたまの」
●祝祷
●後奏
